次世代をつくるバーテンダーと
「ネグローニ」
杉浦 聡 さん
El Lequio
数々の岐路
「El Lequio」は、スペイン語で“The 琉球”という意味。
沖縄とラテンアメリカをコンセプトにしたカクテルバーです。
南アメリカに住む「日系」と呼ばれる日本にルーツを持っている人たちのほとんどは、沖縄からの移民なんですね。
昔から沖縄とラテンアメリカはつながりが深く、気候や穫れるフルーツも似ています。
なので沖縄の素材だったり、ラテン生まれのスピリッツを使ったカクテルを提供しています。
と言っても、僕は沖縄出身ではなく愛知で育ちました。
小学校から高校までずっとサッカーをやってたんですが、それまでサッカーにしか打ち込んでこなかったためか特にビジョンがなくて。
高校卒業後、やりたいことを探しに1年ほどアメリカに留学しました。
そこではじめてさまざまな国の人たちと会ううちに、もっといろいろな国に行ってみたいと思うようになりました。
帰国後、20歳になったときに東京に出るのですが、六本木のモータウンハウスというバーでアルバイトをはじめます。
外国人のお客さんが多い店だったので英語力も失わず、深夜勤務で給料も高かったので、お金を貯めるのにいいなと。
特にバーテンダーになることを意識してはなかったですね。
はじめのうちはカウンターに立つことはなかったのですが、あるタイミングで僕がカクテルつくらないといけなくなってしまって。もちろんテストをパスしないとカウンターには立てないんですが。
テストは100種類くらいのカクテルレシピを1週間で覚えて、指定のカクテルをつくるというもの。
確かマティーニとジンフィズをつくったんですが、レシピも流れも問題ないのにおいしくないという評価で。
テストはパスしたんですけど。
料理ってレシピ通りにつくれば、大体おいしくできるじゃないですか。
でもレシピ通りにつくったカクテルが、何でおいしくなかったんだろう。
その疑問がカクテルに興味を持ったきっかけでした。
それから提供するカクテルがおいしいと言われることに喜びを感じるようになって、もっとお客様を喜ばせたいとフレアバーテンディングもやるようになりました。
その後はいくつかのバーで働かせてもらう中で、ジンのカクテルコンペティションの日本大会で優勝することができて、世界大会に出場したんです。
32カ国からバーテンダーたちが集まる大会だったのですが、そこで思ったのが、そういえば僕は海外へ行きたくてこの世界に入ったんだよなということ。
その経験から、海外に行きたい欲が再燃しました。
30歳を目前に控え独立も視野にある状況で、たまたま訪れたThe SG Clubで、ある程度面識のあった後閑(SGグループ 代表)に自分の状況を話したら、後日、上海のお店の立ち上げメンバーとして誘われました。
「The Odd Couple」という、後閑とスティーブ・シュナイダー(ニューヨークの人気バー「Employees Only」マネージャー)がつくったお店です。
スティーブは、バーテンダーをはじめた頃から海外のカクテルブックで見ていた存在ですし、2人がコラボするならと上海へ行くことを決め、3年間バーマネージャーとして働きました。
海外のカクテルコンペティションでもいくつか優勝できて、そのあたりから海外でのゲストバーテンダーのオファーが届くようになりました。
20歳のときに思い描いていた形とは違うけど、めぐりめぐって世界をまわることができる、いまがすごく楽しいです。
昨年帰国し、この店の立ち上げをして、引き続き海外とコネクションをつくりながらバー文化を発展させるために日々活動しています。

イメージを変える
ネグローニの人気の理由は、まずシンプルであることだと思います。
外国では、自宅で料理と同じように自分でつくる人も多いです。
カンパリ、ジン、ベルモットという、おそらくどこでも入手可能なお酒で、シェーカーもいらないし、言ってしまえばジガーやバースプーンがなくても、氷とグラスがあればつくれてしまいます。
それでいて、シンプルにおいしい。誰がつくってもあんまり失敗がありません。
日本でももっと飲まれていい気がしますが、その強さからか苦手な方も少なくありません。
日本人のお客様によく聞かれることがあります。
「このカクテル、度数何%ですか?」
海外だと強いか弱いか程度は聞かれることもありますけど、度数まで聞くお客様はいません。
日本人のスピリッツに対する“度数が高い”イメージは、すごく強いんです。
テキーラが入っていますと答えると、じゃあやめとこうかなとおっしゃったり。
でも実際は少ししかテキーラを使ってないから度数が低かったりするんですが。
どこかで染み付いたイメージを、なかなか変えてくれない印象があります。
例えば、ご飯って0歳から食べるじゃないですか。
だから30歳の人だったら30年のキャリアがあるわけですよね。
20歳でお酒を飲みはじめたならキャリアは10年しかない。
お酒歴で例えると、小学生4〜5年生くらいですね。
そういう子たちに、いま世界で一番流行っているご飯ですって、辛くてガーリックがめちゃくちゃ強いペペロンチーノを出しても食べられない子の方が多いと思うんですよ。
でもミートソースパスタなら食べられるじゃないですか。
そういう感じで、まずは分かりやすい位置までレベルを落としてあげる。
そうするとパスタっておいしいものなんだって認識して、そこからどんどん先につながっていくと思ってて。
おいしいんだから飲んでもらいたいじゃないですか、ネグローニ。
そういう風に順を追っていけば、もっと飲まれる時代が来るんじゃないかなと思います。
カンパリソーダを飲めない人っていないと思うので、まずはそこからでも。

イコールパートの妙
海外のバーテンダーとこんな話をしたことがあります。
意外と見落としがちがだけど「イコールパート」なのがネグローニのすごいところだよねって。
材料がすべて同量でカクテルが構成されている。
こういうカクテルって多分つくったことがある人はほとんどいないと思うんですよね。
世界的に見ても意外と少ないですし。コープス・リバイバーNo.2とか、最近の流行りだとアペロールが入っているネイキッド&フェイマスとかペーパープレーンもそうですね。
重めのカクテルを1:1:1でつくることがあまりないからネグローニすごいよねってみんなで話してましたね。
何でこれでバランスが取れてるのか、みんなよく分かっていませんでしたが。
でも絶対おいしくまとまる。これがすごいよねって。
余談ですが、そのときに僕が「日本だとネグローニ飲んでくれないんだよ、強いと思われちゃってて」と話したら、「これなら誰でも飲めるでしょ?」って、あるバーテンダーが即興でネグロー二にレモンジュースと卵白を入れてシェイクして、ネグローニサワーみたいなカクテルをつくってくれたんです。
納得の味でした。
何人かのバーテンダーでシフト終わりに酔っ払いながら話していただけなんですけどね。
やっぱり柔軟だなって思いました、向こうの人たちは。

宮城のカクテル
僕たちのネグローニは液色がまず特徴的です。
カンパリをヨーグルトと混ぜコーヒーフィルターで濾して色素を抜いています。
そこに麦焼酎、リキュール、パッションフルーツジュースを合わせます。
パッションフルーツは果肉をジュースにするときジューサーを使うと、種が壊れてえぐみが出てしまうので、マドラーで押ながら種を壊さないようにゆっくりゆっくりこそいでいます。
さらに蜜蝋熟成といって、食用のビーズワックスを少し入れて1日くらい熟成させています。
このカクテルをつくるのに1日〜1日半はかかってますね。
カクテル名は「The Real Miyagi」。
僕らのメニューの中でも初期から提供しているおすすめのカクテルなんですけど、名前の由来は映画「ベスト・キッド」に出てくる琉球空手の達人「ミヤギ」から。
作中でのミヤギの名シーン「車のワックスがけ」にかけて、蜜蝋(ビーズワックス)で熟成させています。
あと、ネグローニが伯爵の名前に由来しているところから、沖縄人で有名なダンディーなおじさんの名前を付けようということで「Miyagi」。
アメリカに行くと“Mr. Miyagi”って、みんなが知っているんですよ。
Mr. Miyagiって言うと、みんな爆笑するくらい。知ってる知ってるあの人ね、みたいな。
氷に刻印したスタンプも、ミヤギが巻いているハチマキの柄をモチーフにしています。
そして、ミヤギが敵たちを1人で制圧するほど強いので、ちょっと強めのお酒ですよというメッセージも暗に。
沖縄産のパッションフルーツを使っていることで、沖縄らしさもあります。
はじめはフルーティー、トロピカルな印象の中に、最後の抜け感でビターがやってきます。
わざわざヨーグルトと混ぜてひと手間かけるにしても、やっぱりカンパリのフレーバーが欲しくなるんですよね。
元々色素がない苦みのあるリキュールを使ってみる話もあったんですが、結局はカンパリに。
カンパリの味わいが必要なんです。
飲みやすさを重視しているので、ネグローニに強いお酒である印象を持っている方に、まずは飲んでもらいたいカクテルですね。

次世代のために
僕はもっと若いバーテンダーたちに世界に出て行って欲しいと思っています。
海外でゲストシフトをすると、周りはほぼ僕よりも年下です。
世界で活躍しているバーテンダーに若い人はたくさんいるんですよね。
だから若いうちにどんどん仕事して、どんどん技術を身に付けて、すぐ海外へ出ていく。
そうする方が圧倒的に視野も広がりますし、そこで得た知識や経験は必ず財産になるので。
僕もありがたいことに、海外からゲストで呼んでもらうことが多いので、こんな楽しい日常を僕くらいの歳でも送れるんだよって少しずつ若い子たちに伝えていきたいと思っています。
夢を見てもらうじゃないですけど。
そうやって日本のバーシーンが少しずつ変わっていくといいなと思ってます。
僕、どこかの国で食べたものから、今度カクテルに取り入れてみようって着想を得ることが多くて。
全然仕事じゃなくて、もう趣味というか癖としてそう思うようになっています。
言葉もそう。
いまいる沖縄は僕の出身地ではないので、いろんな地元の方と話すと知らない言葉にたくさん出会います。
その度に意味をたずねて、その言葉をテーマにカクテルを考えられないかなとか思ってしまう。
これだから世界をまわるのをやめられないんですよね。
みんながまだ知らないフルーツとかボタニカルとか本当にいっぱいあるので、沖縄でも十分刺激的なんですが、今後行ってみたいのはアフリカ大陸。
アフリカ大陸だけ行ったことがないんです。
行ってみたいですね、まだ走れるうちに。