次世代をつくるバーテンダーと
「ネグローニ」
佐藤 由紀乃 さん
FOLKLORE
民間伝承を冠するバー
「FOLKLORE」というお店の名前には、⺠間伝承という意味があります。
さまざまなコミュニティーで培われてきた技術や文化、伝統を紡いでいくことが⺠間伝承です。
その中で私たちは、日本酒や焼酎といった日本が誇る酒文化をミクソロジーというフィルターを通して紡いでいくことを大切にしています。
日本の風土で育まれてきたお酒を使って、日本でしか味わえないカクテルを作る。
そんなコンセプトのお店がFOLKLOREです。
内装にもその思いが活かされています。
建築家、佐野文彦さんに300年前の神社仏閣に使用されていた古木を取り入れながら設計いただきました。
カクテルからだけではなく空間そのものが日本の伝統文化を継承し再構築されています。

接客に感銘を受け飲食業界へ
私は学生時代にホテルの専門学校に通っていたのですが、実習で実際にホテルで働く機会がありました。
そのときに一番お世話になったのがバーテンダーさんで。
まだ学生でしたので、当然お酒は飲めませんしカクテルをつくることもありませんでしたが、そのバーテンダーさんを観察していると、人の機微を捉える能力がすごくて。
お客様の何気ない視線から「この方はいま、こう感じているんじゃないか」と推測して、言葉で伝えられる前に要望を汲み取ってしまう。
その光景がすごく衝撃的で、バーテンダーを志すようになりました。
専門学校卒業後、ホテルに就職しました。
開業したばかりのホテルで人員配置に融通がきいたので、「バーテンダーになりたい」と立候補しました。
そこからバーテンダーとしてのキャリアがスタートします。
いまの会社に入ったのは、カクテルの勉強をたくさんしようと思い、当時の職場からも近い東京駅八重洲北口の「MIXOLOGY Tokyo」(現在は閉店)に通うようになったのがきっかけです。
それが 2011年のことなので、もう13年目になります。
複数店舗の開業に携わり、2022年の5月このFOLKLOREの立ち上げも経験しました。

アクションのきっかけに
バーテンダーの職につけたことは誇りに思います。
ただ“水商売”という狭い捉え方をされてしまうことがあったことも事実です。
ネガティブな印象というか。女性だから余計に苦労した部分も少しあります。親にも最初は心配をかけました。
そんなイメージがある中で、メーカーやバー業界が社会に貢献する取り組みを行うネグローニ・ウィークは素晴らしいと関心しています。
どんなアクションをしたら、バーテンダーの地位向上や社会への貢献ができるか模索しているバーテンダーさんは多くいらっしゃるはず。
そのヒントやきっかけやにもなる活動だと思います。
海外の方が認知が高く、盛り上がっているイメージがありますが、海外メーカーのアンバサダーさんの発信力がすごく強かったりするからだと思うんです。
日本にも素敵なアンバサダーさんや活躍されているバーテンダーさんがたくさんいますから、こういった社会貢献活動に参加していくことで、業界のイメージがもっとよくなると思いますし、ネグローニ・ウィークももっと広がると思います。
ネグローニは一点物
ネグローニが世界で人気な理由は、シンプルに世界のどこでも材料が手に入りやすいことだと思っています。
材料が複雑じゃないし、レシピも複雑じゃない。だからバーテンダーもアレンジしやすい。
世界中で、いろんなネグローニが楽しめるのがいいですよね。
ネグローニに限った話ではないのですが、カクテルのローカライズはいまトレンドのひとつでもあると考えています。
その国特有のスパイスが使われていたりしますよね。
自分が考えもつかないようなネグローニがごまんとある。
バーに行くと必ず自分のレシピを持っているバーテンダーさんがいて、一点物みたいなものですよね。
各地で飲んだネグローニから受けたインスピレーションを、自分にお店で活かしやすいというのもネグローニの魅力です。

納得感のあるカクテル
日本の文化的要素を液体化するというテーマでカクテルづくりをすることが多いのですが、私がつくったネグローニには焼酎を使っています。
ネグローニから逸脱せず、かつ日本ならではのものが感じられるようなネグローニをつくりたくて⻨焼酎を合わせました。
宮崎の「⻘鹿毛」という焼酎です。ローストフレーバーがしっかりあるのが特徴です。
ビターなカンパリと相性がよくて、複雑な苦味が楽しめます。
ポイントとしては、そこに少しコーヒーリキュールを入れているところ。
リッチさのあるロースト感とビター感が加わって、カンパリ・⻨・コーヒー、3種類のビターがカクテルに広がりをもたせてくれています。
すごくキャッチーに言うと「⻨チョコ」っぽい味わいというか。
カクテルはあまりニッチ過ぎても、味わいが伝わりにくいなと考えています。
もちろんさまざまな素材を入れて渾然一体となるカクテルも好きですが、一言で味わいを説明でき、すぐに連想できるような納得感のあるカクテルづくりを私は大事にしています。
宮崎とか鹿児島に「だれやめ」という方言があります。
だれやめとは、だれ=疲れ、やめ=取り除く、という意味合いを持っていて、おいしいお酒で心身の疲れを癒し明日への活力をチャージするための大切な儀式のようなものとして、九州地方では身近な言葉です。
そんなリラックスした気持ちで飲んでいただけたら嬉しいです。

日本の文化を紡ぐ
お店には、たくさんの酒器や器を置いています。
例えば、カンパリ・ジン・ベルモットを使ったいわゆるクラシックネグローニでも、備前焼の器で飲むと表情が変わります。
度数が強いと言われるクラシックネグローニが、すこし優しく感じるというか。
お酒に限らず、私たちが持っている知識を適切に使って日本の文化や個性を伝えていきたいです。
それは海外に向けて発信することももちろんですが、私たち日本人にとっても新しい発見になると思います。
FOLKLOREにお越しの際は、空間そのものから日本を感じていただきたいですね。